鉄道を中心に日々の出来事や社会現象、植物の事などを記録しています。
消えゆく「ムーンライト」
 いやいや、今年の3月のダイヤ改正で快速「ムーンライトながら」が定期運行を離脱する予定なのは有名な話ですが、なんと快速「ムーンライトえちご」まで今年の春に定期を離脱するようです。
 正直な感想はJR各社が18キッパーをいじめているようにしか思えません。まぁ、多客期には臨時運転する様なので、18きっぷシーズンには臨時運転されるのかもしれませんが、ムーンライトえちごは土日きっぷなどで多客期以外にも利用できる素晴らしい列車なのです。そんなにムーンライトシリーズは採算が取れないのでしょうか?
 そもそも、JRグループは現在の「旅」というものを履き違えて認識しているようです。新幹線等、快適に素早く目的地に向かえる列車は素晴らしい。しかしながら、それはビジネスユーズやディスティネーションだけを目的にする「旅」の需要を満たしているだけで、往復路も楽しむ「本当の意味での旅」をしたい人間の需要にはあっていないのです。夜行だから楽しめる旅というものがあるのではないでしょうか? 夜の駅を出発して、朝焼けを見ながら到着する。こんな贅沢が味わえ無くなるのは残念としか言いようがありません。座席夜行もそうですが、寝台特急の廃止と言うのは、もっと寂しく感じるものがあります。
 しかしながら、確かに廃止は時代の流れなのかもしれない。それは時代のニーズという意味からではなく、車両の老朽化という物理的な理由からです。物が古くなるのはこれは仕方が無いこと。確かにそんなに儲けのない夜行列車に新車両を導入するのは誰の目から見ても可笑しいのは明らかです。そして、私はこれが民営化の負の側面だと考えております。これはあくまで私の想像にすぎませんが、日本国有鉄道という組織が今も続いていたならば、夜行の廃止は有り得なかったことだと思います。なぜなら、国鉄には格式があった。実際、グリーン車が格式を失ったのはJRになってからです。幹線に夜行が走るというのは、これは一種のステイタスだと思います。私鉄ではとても夜行を走らせることはできません。国鉄だから、JRだから夜行を走らせることができる。老朽化した車両の夜行を走らせることが出来る技術を持つことが日本一の鉄道会社であることの威厳であり、格式というものなのです。
 けれども、合理化いうのは実行していかなければならない。民営化をし、業務を合理化することには私として大歓迎なのであります。しかし、客に迷惑をかける合理化だけはやめてほしい。高速化や快適性、利便性という上辺だけのプラス要因だけを売りにして、真の鉄道を愛する者や夜行列車を愛する者を敵にする様な合理化はやめてほしいと願います。鉄道を言うものは企業の商品を越えたものなのです。全国民に満足される鉄道網を整備していくことが、真のホスピタリティであり、真の合理化なのではないでしょうか。

 特に文体を整えることも考えませんでしたのでgdgdな文章になってしましましたが、気にしないで頂けると幸いです。

 それでは・・・・
[PR]
by sotechan | 2009-01-24 03:46 | 社会
<< ポッドキャスト開始! 1月17日 快速「さよなら E... >>