鉄道を中心に日々の出来事や社会現象、植物の事などを記録しています。
秋葉原の通り魔事件
 なんか、私が閲覧しているブログが、秋葉原の通り魔事件について書いているので、私も書いてみようと思います。

 さて、この通り魔事件のニュースを聞いた時、私は総武線各駅停車で都内に向かっていました。(この件については、後ほど旅行記でお伝えします。) 当然、総武緩行線ですから秋葉原の駅に行く列車なのです。今まで通り魔事件と言えば、自分から離れたところでの出来事で、不謹慎ですが正直言って、「ふーん」と言うぐらいにしか思っていませんでした。それが、自分の身近な場所で起きた。このニュースを聞いた時、私はかなり「ドッキ」としました。それは自分の居た場所がたまたま秋葉原の近くであったこともあるし、私の良く行く場所でもあったからです。私は直ぐにこう思いました。「私がもし、事件時に秋葉原に居て、私が刺されていたら・・・」と。こう考えると更に怖くなり、斜め向かいに座っている人の荷物が包丁に見えてきて、別の号車に移ったくらいです。そのくらい、私の心はショックを受けました。ちなみに、このニュースを聞いた時から、1時間後(事件発生から約3時間後)には中央線快速の車窓から現場である秋葉原のメーンストリートを見ています。
 しかし、事件が起こったのがなぜ秋葉原なのか。私はすぐに疑問を感じました。犯人が供述した、「人が多いところ。」は東京にはいっぱいあります。例えてみれば、銀座でも良いですし、渋谷だって良い。なぜ秋葉原なのか。私は夜のニュースを聞いて初めて分かりました。犯人である彼はヲタクだったのです。
 次に私の感じた疑問は、動機は何なのか、ということでした。魔がさしたのか、それともムラムラしていたのか。答えは会社でのトラブルでした。そして、私はこれを知って非常に怒りを覚えた。なぜ犯人の私憤による矛先が、秋葉原で休日を過ごす何の罪もない一般市民に向けられたのか。ふざけていると思いました。 極論を言えば、会社でのトラブルなので、その会社関係者を殺せばいいわけじゃないですか! 勿論、ムラムラしたとしても人を殺すのはいけません。しかしながら、犯人が人を殺さなければいけない運命だったのだとたら、少なくとも殺すべき人間は「休日を秋葉原で過ごす人達」ではないはずです。私はこの事について一番怒りを感じたわけです。
 それにレンタカー屋さんも可哀そうだと思いました。レンタカー屋さんは「お客様に快適にお乗りいただきたい。」という気持ちで、あんなに真新しいトラックを犯人に貸し出したわけです。それが、こんなことになったらトラックは廃車しかない。トラックもレンタカー屋さんも非常に可哀そうな気がしました。
 しかし、一番可哀そうなのは、被害者の方々です。朝日新聞6月10日の「天声人語」には、こんな一文が書かれていました。
「誰でもよかった」とうそぶく者は、どの「誰」にも懸命な人生があり、大切な人がいることに思いが及ばない。
 私はこの一文を読んだとき、涙目になりました。ある人は将来に希望を持っていたかも知れない、またある人には愛する人がいたかも知れない。もっと小規模なことを言えば、その日の秋葉原での買い物の成果に浸りたかった人もいるかも知れない、何処かで待ち合わせをしていたかも知れない、昼食を食べたかった人もいるかも知れないのです。そんな被害者たちの幸せな人生を、幸せな休日を、ズタズタに切り裂いた犯人は、もはや人ではなく鬼畜だと思います。
 まだ、もちろん判決は出ず、起訴さえされていない犯人ですが、おそらく「死」を以て罪を償うほかに余地はないと思います。せめて犯人には「死」をむかえる前に被害者の方々へ深謝してほしい。そして自分の行いを後悔してほしい。私は心からそう願います。

 読者の方には最後まで、拙文をお読みいただきありがとうございました。
 旅行記も製作中ですので、楽しみに待っていてくださいね。

 それでは・・・・
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by sotechan | 2008-06-13 01:54 | 社会
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